2012年06月08日

死ぬかと思った。 @ 広島

この間の日曜日、久々に父の手伝いで、早朝から田舎の山へ行き、滑車やワイヤーを何本も組み合わせて大きな石を移動していました。途中までは問題なかったのですが、お昼前に人生でおそらく一番の大怪我をしてしまいました。

瞬間の事は頭で変な音がした以外、何も覚えてないのですが、石に頭をぶつけたようで、気づいた時には、頭からから血がながれてました。それも結構な量が。幸いまだ意識がしっかりしていたため、とにかくこれ以上血が流れてはまずいと思い必死に手で押さえ、下山の為、運搬車へ。当初、その運搬車の操縦を父がしていたのですが、出血の量からして、そのまま一緒に下山していたのでは、時間的に自分の体が持たないと思い、父に先に下山するように言い、自分が片手で運搬車を操縦して降りる判断をしました。自分が荷台に乗っていたので操作が逆になるのだが、今まで何度も操縦した事があるし、何とか意識が持てば麓まで降りられるだろうと判断。これは結果的に、成功だったのですが、後で思えばかなり危険な掛けだったかも。

自分が下山してしばらく後に、先に109へ連絡してくれたおかげで、思ったよりも早く救急車が到着。ケータイの電波が入らないような、かなりの山奥なので、もっと待つ事を覚悟してましたが、この日は川の下流に少し移動した所でケータイの電波が入った事が幸いでした。ただ、ケータイから連絡した為、その場所まで救急車が来て、そこから自分に気付いてくれるまで少し時間がかかり、ハラハラしました。今回、まさか自分が身をもって、GPS付きのケータイから119番通報した場合に、ピンポイントで来てくれる事を体験するとは思いませんでした。

救急車に乗ってからも出血は止まらなかったものの、病院の処置室に入るまではなんとか意識があり、しばらくは大丈夫だったのですが、やはりそれまでに大量に出血してしまっていたため、意識が落ちました。後で聞いた話だと急に血圧が下がったらしい。これが出血性のショックってやつなのかな?その後、しばらくは意識が戻っても朦朧としたりして、気付いたらCTの検査室にいたり、よく覚えてないのですが、次に意識がしっかりした時は、再び処置室でした。流石に意識を失った時は、薄れる意識の中で「死ぬか?」と思いましたが、救急隊員や病院の医師やスタッフの方々のおかげで、生還しました。幸いにも頭と左手を痛めた以外、他は比較的軽い怪我だったので、夕方には病院を出る事が出来ました。病院に一晩泊まる事を勧められたのですが、自宅から遠いので、帰れるものなら帰りたいと言って帰宅を許してもらいました。

一時はどうなる事かと思いましたが、こうやって、事の次第を書いているくらいなので、もう大丈夫です。暫くはまだあちこち痛いだろうけど。

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